曲線を描く石垣、複雑に折れ曲がる堀、独特な形の城郭
甲州流軍学に裏打ちされた、特殊な縄張りをもつ変形輪郭式の海岸平城
赤穂城は、播磨国赤穂藩・浅野家初代藩主の浅野長直によって、1648年から13年の歳月をかけて築かれた海岸平城です。城郭を設計したのは、当時の著名な軍学者・山鹿素行に師事していた近藤三郎左衛門正純で、甲州流軍学に基づいた特殊な形の縄張りを創り出しました。一般的な近世城郭は直線を基調とした方形をしていますが、赤穂城は屈曲をもった非常に珍しい変形輪郭式。複雑に折れ曲がる堀や曲線を描く石垣、角度をたがえる諸門など、戦を強く意識した構造をしているのが特徴です。
忠臣蔵で有名な刃傷事件により浅野家が断絶すると、その後は永井家、次いで森家の居城となりました。明治の廃藩置県後、城内の多くは民有地となりますが、城郭復興の機運が高まったことで赤穂城跡の整備が推進。1955年に復元された大手門と大手隅櫓、平成に入ってから整備された本丸庭園や本丸門など、現在も少しずつ整備が進められています。1971年には赤穂城跡が国の史跡に、2002年には「本丸庭園」と「二之丸庭園」が国の名勝に指定され、2006年には「日本100名城」にも選ばれました。赤穂城跡周辺には、大石内蔵助以下四十七義士を祀る「赤穂大石神社」や、「塩と義士の館」とも呼ばれる赤穂の郷土資料を展示した「赤穂市立歴史博物館」があり、見どころも豊富です。
- 〒678-0235 兵庫県赤穂市上仮屋1424-1
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- ・JR播州赤穂駅から徒歩15分
・山陽道赤穂ICから県道32号経由4km10分